頚城山域  雪山山行
焼山(2400.3m)
期 日:2010.05.02〜04(前夜発)
参加者:L蓬生、田口、細谷、松平、桑村、丸山、渡辺(元)、新美、佐藤(計9名)
コースタイム
5月1日 
18:00 東京発─(関越道、上信道)─0:00笹倉温泉 キャンプ場  消灯 1:30
5月2日 
5:00起床 6:40出発─(九十九折林道をショートカットしながら)─9:40アマノ平─10:24北面大地の北端─11:08北面大地標高1250m地点にテント設営 のんびりと午後を過ごす。渡辺さんはスキーで標高1650m付近まで散歩  消灯19:45
5月3日
 起床4:00  出発6:00──7:50標高1800m付近でアイゼン着用──9:25標高2100m沢状──10:12外輪山の淵──11:10焼山山頂11:30──11:49外輪山の淵──13:09ゲレンデ1850m──13:55テントサイト帰着  21:30消灯
5月4日
 起床5:00 7:20出発──(北面大地の端を急降下)──7:47アマノ平(スキーの渡辺さんを待つ)8:45──10:20笹倉温泉の駐車地点到着  10:45出発   12:40菱ヶ岳キューピッドバレーの雪だるま温泉(日帰り入浴14:20──ほくほく線沿いを六日町まで──六日町IC──(関越道経由)──23:00頃帰京






頚城山域・焼山 山行記録

 

5月連休恒例の残雪期山行に初めて参加した。当初の計画では加賀・白山であったが、道路事情のため頚城・焼山2400mに変更になった。参加者は9名と多く、にぎやかに春の雪山を満喫した。

5月1日土曜日夕方クルマ2台分乗して、関越自動車道から上信越自動車道に進み、笹倉温泉に到着した。キャンプ場には数台のクルマがあった。男性はジャンボテントに入り、女性は車内で朝を待った。翌朝は快晴。同じくキャンプ場で一夜を明かした他のパーティーは山スキーの準備をしていた。われわれの仲間では、渡辺さんがスキーを楽しみにしていた。笹倉温泉を出発して、はじめの目標地点であるアマナ平に向かう。雪の残る林道をジグザク歩き、夏の登山口辺りまで進んだ。その後、焼山川の東側をのんびりと行くとアマナ平に着いた。目の前に焼山の姿が現われた。200mほど高い位置に北面台地がある。樹林帯を急登して、台地の端に着いた。焼山と火打山がより大きく見えるようになった。キャンプ地は1200mを予定していたが、傾斜がなだらかなので距離は長かった。昼にはテントを張り、“雪の食卓“も作り終えた。青空のもと、雄大な山塊を眺めてビールで乾杯した。焼山の斜面からは何人ものスキーヤーが滑りおりてきた。しばらくすると山頂をおおうように虹が現われた。乾杯の時間が早かったので、酔いがひといきついたあとも、おしゃべりを続けるひと、夕食の準備をするひと、昼寝をするひと、スキーにいく人など、それぞれのんびりと夕暮れまでの時間を過ごした。夕食は、恒例の”手巻き寿司“。

翌日も快晴。スキーヤーが続々と北面台地に登ってきた。賽の河原を左にみて、斜面を登っていく。雪面の上にわずかに顔を出す木立(1700mくらい)まで行って、アイゼンを着けた。ここからすこしトラバースして山頂西側の岩を巻くことになっていた。徐々に傾斜が急になった。日陰の雪は硬くピッケルがあまり入らなかった。足元を見れば数百mも遮るものはなく、スキーがなくても大滑降できそうであった。こういう雪山ははじめてだったので、どうも腰が引けた。滑落停止の訓練はやっていないので、雑誌で見たやり方を思い出さなければならなかった。実地こそ最大の訓練というわけで、ヒヤヒヤしながら凍った雪面をジグザクに登っていった。先輩方からアイゼンの歩き方、ピッケルの使い方をいろいろと教えて戴けて有り難かった。2200mほどの岩場の近くで少し休んだ。ようやく山頂の白い外輪が頭上に現われ、日も当たって気持ちが楽になった。だけれども下をみると巨大な滑り台が扇状に拡がっていて、大変なところに来てしまったと思った。ひとりで引き返せるわけもないので、とにかく登ることに専念した。なんとか頂上に到着して、雪に覆われた火口を目にすることができた。これまでにない景色ですばらしいものだった。渡辺さんのアイゼンがスキー靴と合わないようで、いろいろと工夫がなされていたが、結局、予備の靴紐でしばり付けることなった。のんびりした時間を過ごしたが、風もなく快晴だったので、誰も急ごうしなかった。焼山の三角点は外輪の斜面を右回りに登ったところにある。滑り落ちても底に落ちるだけで大したことはなさそうだったが、一応注意して登っていった。頂上からは、南西方向に、裏金山・金山・天狗原山の雪面がキラキラと光り、東には火打山を見た。テントからも見えた噴出する水蒸気が間近にあった。記念撮影のあと、下山。日がのぼって、雪面が緩くなっていた。上りで休憩したあたりの岩にらいちょうが番いでいたので、下りでもしばし休憩。その横をスキーヤーが滑り降りていく。とても上手!こちらは、滑落しないように注意しながら慎重に下山。木立に着くと、ようやくテントが見えた。あとは何の心配もなく歩くだけ。テントのペグは何本か浮いていたが、これを直した。風が強ければ、飛ばされていたかもしれなかったが、穏やかな青空は、そのようなことを余り心配させることはなかった。まもなく下山の乾杯がはじまった。2日目はトン汁。歌をうたって、眠りについた。夜も雲がなく、星空がキレイであった。

最終日。テントを撤収し、下山。途中、北面台地を降りるところで渡辺さんが大回りすることになったが、下で待つわれわれになかなか姿を現さない。斜面は急勾配で、スキーヤーのグループも難渋していたところである。遭難を心配して、しばらく待機。丘陵の反対側まで足を運んだが見つからなかったので、困っていたが、そこに格好よく到着。みな安心して下山を続けた。帰路は雪だるま温泉に立ち寄り、ゆっくり疲れを癒した。

山行が白山から頚城山域焼山に変更になった為、残念ながら白山山行またもや来年へお預けです。
登山口へは白山ですと580kmですが焼山ですと380kmと車での移動距離は短くなり大変楽になりました。
今回は途中で丸山さんに運転を交代して頂き楽ができました。
5月2日
5:10 夕べテントを張って泊まった笹倉温泉の登山口のキャンプ場です。桜は満開 あたりの残雪が春の遅れを感じさせます。
6:18 登山口から見る林道です。左斜面にジグザグの雪の林道が見えます。
7:03 雪の林道をところどころショートカットしながら高度を稼いで行きます。
7:33 林道から笹倉温泉の集落を見ます。水を張った水田が見渡せます。
7:47 林道はかなり深い雪が残りそして主稜線が徐々に姿を現してきました。

7:53 焼山(左)が立派な姿を見せてきました。
8:07 林道の上部は広々しどこを歩いても良い状態で、適当にショートカットしながら高度を稼ぎます。
9:06 アマナ平を前に焼山を見ながら休憩をします。渡辺さんは大きな荷物を背負いながらスキーで林道を滑りあがります。
9:34 広大なアマナ平を今日のテント【泊】予定地の北面大地を目指します。北面大地は左手の黒々とした急斜面を登りつめたところにあります。
10:27 アマナ平から北面大地の片隅への急登を這い上がると焼山が迫ってきます。
10:43 北面大地への急登は流石の渡辺さんもまともでは登れず。左へ大きく迂回して漸く北面大地の片隅に到着しました。
11:07 北面大地の中央部へ今日のテントサイト予定地へ歩を進めます。背景は鉾ヶ岳、権現岳の峰々です。
11:44 午前中にはテント設営が完了し、午後はのんびり昼寝組とせっせと水つくりと夜の豪華な食事に頑張って頂いた女性軍、渡辺さんは焼山の麓までスキーを楽しみに行きました。
11:44 テントサイトからは焼山の左肩から噴煙を上げているのが見えます。
12:05 焼山の空に彩雲が現れ、皆を楽しませました。吉兆の雲です。何か良いことがあるかもしてません。
12:15 テント前に雪のテーブルを作り、ビールで前祝です。
12:15
15:32喪黒福造テングザル
サングラスをかけ、日焼け防止の鼻当てをする田口さんです。漫画の喪黒福造それともテングザルのどちらに似ているでしょうか。
17:15 豪華な手巻き寿司パーティです。大変美味しくご飯が足りなくなりました。大好評でした。女性軍の方々ありがとうございました。
いくら、マグロ、しめ鯖、納豆、きゅうり、おおば、しょうが、焼き海苔、その他もろもろでした。
18:05 夕暮れに沈み行く焼山を素晴らしいものでした。
18:05 日本海側には鉾ヶ岳、権現岳が焼山に負けないような立派な姿を見せていました。この山々は2年前の秋に登りましたが急峻な岩山で鎖場、ロープ
が随所にあり、なかなかの厳しい山です。雪の時期はかなりハードな山と思います。



5月3日
6:19 今日はいよいよ焼山アタックの日です。雪面はかなり固くなっています。
6:43 雪面はクラストしており、アイゼンを着用して出発するメンバーもいました。
7:30 出発して登るにつれ鉾ヶ岳、権現岳が焼山に負けないような立派な姿を見せていました。
7:50 写真では分かり難いですが、斜度がだんだん厳しくなってきました。
8:34 ついに全員がアイゼンを着用して急斜面を慎重に登ります。
8:53 焼山の火山流による薙の部分へわたる部分には潅木が遮ります。
8:54 焼山上部のクラストした雪面です。見上げるような高さと急斜面です。
9:05 鋭い急斜面をトラバースします。雪面は固くアイゼンを慎重に前へ進めます。
9:05 一歩滑りだしたら止められそうにない斜面が続き、下を見るのが怖い状況です。
10:00 急斜面を終え、沢状のところでやや傾斜も緩やかになり、沢状の斜面を登りつめて行きます。
10:09 焼山の円状の外輪山の一部に漸く登りつきました。
10:12 外輪山の淵で素晴らしい天候と景色を堪能します。スキーを途中でデポしてきた渡辺さんはスキー靴にアイゼンを着用しますが、左靴はOKですが右靴はどうしても合いません。結局紐で固定して使用することにしました。
10:49 外輪山の内側のお釜の斜面を焼山本峰を目指して急斜面をトラバースしながら向かいます。
10:51 焼山山頂(左の峰)を目指して、雪面を上がります。素晴らしい天気です。
10:57 焼山本峰付近の岩稜を登ります。岩稜は雪がありません。日当たりの為か、それとも火山熱の為でしょうか。
11:04 焼山山頂の西の肩付近より真っ白な天狗原山(左)と金山を望みます。遠く北アルプスを遠望します。
11:04 北アルプス白馬連峰を遠望します。
11:04 美しい天狗原山と金山の景色に満足です。今度はあの山に行きたい。
11:13 焼山に登頂後こんどは東の肩の噴煙を見に行きます。火打山が立派な姿を見せてくれました。
11:17
11:27 焼山山頂で火打山をバックに記念撮影です。このメンバー9人で登頂しました。
11:50  焼山山頂を下り、外輪山の一角で名残の休憩ととります。皆さんの後ろは噴火口の深い窪みがあります。
12:07 突如 豚の鳴き声のような声を出し、雷鳥が岩場を目指し飛んで行きました。
12:14 この時間になるとクラストした雪面も緩み、下りも歩きやすくなり緊張感もとれます。

12:34 下る途中に雷鳥の雄と雌が鳴きあっています。人を恐れる様子はありません。写真でとると保護色で分かりにくいです。

12:45 行きの緊張した斜面を下ります。
13:49 北面大地も晴れ上がり、かなり気温が上がりました。
13:50 渡辺さんは焼山の中腹より、スキーで帰着しました。北面大地の平坦な斜度と深い窪みに苦労したそうです。
14:26 再び焼山を望みながらビールで乾杯です。気温が一気に上昇し、二つのテントのペグが数箇所づつ暑さで緩んで抜けたりしていました。強風が吹いたら飛んでいたかも知れません。前日の夕方にペグを埋めなおしたのですが怖いものです。2年前の同時期に毛猛山では飛ばされたことがありました。
15:13 9名のピッケルです。形も大きさも様々です。



5月4日
7:36 北面大地の端からアマナ平に下る急斜面の難所です。
8:47 アマナ平で皆がいまかいまかと心配する中、スキーで合流する渡辺さんです。
渡辺さんは北面大地からの上の急斜面を下りる為に最初は西から回り込みましたが、崖とブッシュに阻まれ、再び東から回りこみましたが今度は下りすぎ、皆と合流するのに1時間ほどかかりました。道なき広い雪面を下るのは難しいとの感想でした。
9:22  下り道より西前方に阿弥陀山(左)と烏帽子岳を望みます。夏道はなく残雪期だけ登れる山だそうです。
10:16  雪の林道をショートカットしながら下ると出発点の笹倉温泉のキャンプ地は雪がすっかり溶けています。連日の好天による気温上昇の結果です。
帰路は日帰り温泉を求めて何と2時間近く車を走らせ菱ヶ岳の麓のキューピッドバレースキー場にある雪だるま温泉で3日間の汚れを落し、ビールと食事に満足しました。
15:18 日帰り温泉であまり東により過ぎたので帰路は北北線沿いに六日町ICより関越自動車道で帰京することにします。
途中の里山の県道沿いにところどころカタクリの花が群生しています。
15:18 美しい棚田も都会の私達の心を和ましてくれました。
連休の帰路 お決まりの大渋滞に深夜の12時ごろの帰京でした。
焼山を3日間見続けた山行でした。素晴らしい名山でした。長い長い広大な焼山の裾野そしてクラストして緊張した大斜面。山スキーのベテランも多く入山して、そのパワーとテクニックに脱帽し感嘆するばかりでした。
そして9名のバラエティに富んだメンバー寄り集まり久しぶりのワイワイ山行でした。
間違いなく心に残る山行の一つになると感じました。


inserted by FC2 system