紅葉の黒部峡谷下の廊下

 

日 時20141017()1019()

参加者L飯嶋、佐藤、堤、松平、松尾(記録)

コース

(10/17) 品川駅900() 1400扇沢ターミナル⇒14:30トロリーバスで黒部ダム14:45・・15:40ロッジくろよん

(10/18) ロッジくろよん4:55・・・5:30黒部ダム・・・6:50内蔵助谷出合・・・11:00十字峡・・・半月峡・・・12:10 S字峡・・・12:40東谷吊橋・・・13:00仙人谷ダム・・・14:15阿曽原温泉小屋

(10/19) 阿曽原小屋505650折尾谷…755志合谷…1015欅平駅1043トロッコ乗車





1017
1年の内2ヶ月間しか歩くことのできない”憧れの”黒部峡谷下の廊下を歩いて峡谷と紅葉の景色を楽しんできました。1日目は、品川駅で待ち合わせて車で扇沢ターミナルに向かいました。平日ということもあり高速を順調に走り、途中豊科でお昼を頂き、予定通りに扇沢ターミナルに到着。そこで車を回送業者に預け、トロリーバスで黒部ダムへ。15分程で黒部ダム駅に到着。

外に出ると風が冷たく観光客もさすがに少ない感じでした。黒部ダムで翌日歩く登山口を確認し、ロッジくろよん”に向かう。

黒部湖周辺は既に紅葉真っ盛りで紅葉を楽しみながら宿に到着する。飯嶋さん、佐藤さんはテントの準備、女性3人は宿の受付を済ませ部屋でのんびり。その後テントに集合し翌日の予定を確認。夕食後、20時就寝。



1018



4時起床。宿泊しているほとんどの方が下の廊下に向かうようで皆さん早くに出発されている。私達もテント組と合流し、455分暗闇の中宿を出発する。30分程で黒部ダム駅に到着し、いよいよ下の廊下に行く登山口へ出る。内蔵助谷出合まではそれ程でもないが、その後小さなアップダウンを繰り返し気がつくと黒部川の川底がはるか下になっている。
岩壁にへばり付きながら歩きました。丸一日このようでした

 道幅50センチぐらいで右側は常に切れ落ちているので、渓谷の紅葉写真を撮るのも一苦労。途中丸太の橋がいくつもありすべりそうで左側の壁についているワイヤロープが手放せない為、峡谷の美しい写真が撮れない。

 


黒部別山谷手前の廊下の道は崩壊し、木製梯子を何段にも組み上げ迂回路を作っています

 崩壊している箇所を巻くために垂直に取り付けられた丸太の橋は、下を見るとはるか下に黒部川があり高度感がすごく、足元を見るのも怖い感じがする。

 


白竜峡のあたりも峡谷の景色は素晴らしいが、ゆっくり見る余裕がなくあっという間に十字峡に到着。

 

 


十字峡です。左より剣沢との合流です。剣沢の奥にまぼろしの剣大滝があります。

 

十字峡では、滝つぼのそばまで下りて迫力のある景色を眺める。

 


11
時過ぎようやく谷深い黒部峡谷に日が射してきました。

黒部峡谷 S字峡谷です

 

半月峡は案内板があったが確認できず、あっという間にS字峡まできてしまう。緊張して早足で歩いていたのか予定より早く東谷吊橋に到着しホッとする。

 仙人ダムではなんと建物の中を通り、小屋に向かう登山道に出る。あとは小屋まで登山道を歩き、1415分阿曽原温泉小屋に到着する。

 

小屋は超満員でふとん1枚に2名とのことだったが、到着時間が早くまだ宿泊者が少ないので取りあえず寝る場所とふとんを確保してから温泉へ行く。小屋の温泉は男女1時間交代で、小屋から10分程下ったところにあり開放感たっぷり。景色を眺めて入る露天風呂は疲れた身体には最高!!温泉で汗を流した後テント組に合流しおいしいビールを頂く。小屋の夕食は、定番のカレーでお替り自由。夕食後特にやることもないのですぐに横になり19時就寝。(松尾)


阿曽原小屋の露天風呂で紅葉でめでながら入浴です

 

 

1019
 今日の行程は、約10km。昨日の半分で、コースタイムも5時間と心も体も楽そうだ。しかしトロッコ電車が混みあい、午前中の便に乗った方が良いとの事で、出発は5時。大方の登山者も暗い中出発している。小屋からはかなり急な石ころの登りで、寝ぼけマナコの堤は、よく見えず苦労した。空が白み始め、ほっとした頃、水平道となる。名前の通り、岩壁を水平にくり貫いて人口的に作った道で、下の廊下ほどに高度感が無いが、多くのボッカの作業員の命を奪った道だ。


折尾の大滝で記念撮影 滝が大きくて上部が写れません。


間もなく折尾谷が大きな滝となってと出会う。ここで初めての集合写真を一枚。


大太鼓展望台を過ぎ一時間ほどで志合谷に着く。ここは、真っ暗な、まるで手掘りの様な狭いトンネルを通過する。下には水が溜ってすこぶる歩きずらい。しかも内部で大きく曲がり、150mの全長が倍以上の長さに感じられる。
振り返って、谷の反対側から志合谷トンネル(写真中央の穴)に入るため、ライトを用意して順番を待つ登山者の列

この谷は1938年冬泡雪崩で、作業員もろとも宿舎の34階が、600mも吹き飛ばされ、黒部川対岸の奥鐘山の岸壁に衝突、80余名が死亡した所だ。少女の頃、胸を躍らせて黒部ダム、の完成の話を聞いていたが、間もなく戦時体制に入る時代の切羽詰ったエネルギー政策が生み出した多くの犠牲者を忘れてはいけないと思った。 

欅平上部から、渋滞があった。今日から阿曽原へ登る人達だ。一年に2ヶ月ぐらいしか通れない上、紅葉の季節、天候に恵まれる稀有のチャンスだ。リーダー飯嶋さんの快調なペースで、5時間で、欅平駅に到着。
                   


宇奈月温泉近くの日帰り温泉で汗を流しました。温泉からトロッコ電車が良く見えました。

 

10時43分発の座席を確保できた。トロッコ電車の車窓からもコバルトブルーの黒部渓流が見られるが、下の廊下の高度感と、流れの速さは無い。昼に宇奈月到着。扇沢から回送してもらった車で、温泉へ。豪華な昼ご飯の後、帰京。

 3日間素晴らしい好天に恵まれた旅が終った。 (堤)                         

 

 










 

10月17日(金曜日)
品川駅に9:00集合 今日は黒四ダムのロッジに泊まるだけですので、のんびりです。
中央高速道路の平日の午前中はすいすいと車は流れます。
安曇野ICで高速道路をおり、信濃名物の蕎麦を食べ扇沢へ向かいます。

1401 扇沢手前の道路に野生の猿が車を恐れる様子もなく餌をさがしています。

1405 扇沢周辺の木々は色づいています。

1437 扇沢ターミナルで直ぐに14:30(発)の電気バスに乗り、直ぐに出発しました。平日の午後は何事もゆったりです。

1455 電気バスを下り、黒四ダムに直ぐに行かず、明日利用するトンネル出口を下見します。正面はクライミングで有名な丸山の南峰1981.3mでしょう。

1503 観光客が見ることのできない方角からの黒四ダムです。

1513 黒四ダムを渡ってヒュッテくろよんへ向かいます。

1537 黒四ダムを渡り、ヒュッテくろよんへの道は夕日に照らされ紅葉が鮮やかです。

1559 二人はテントで寝ました。夜中は冷えてトイレが近かったです。

 

 10月18日(土曜日)

539 テント組は3:30に起床し、朝食を食べテントを撤収して、小屋組と5:00に出発です。ヘッドランプを付け黒部湖の淵・黒四ダムを渡り、黒四のトンネルを出ると朝の北アルプスが新雪に徐々に明るさを増してきました。

600 去年大汗をかいて登った黒部川から黒四ダムバス停(標高差200m)も下りは楽です。黒部川の木製の渡ります。

604 下から見た高さ186mの黒四ダムです。日本一の高さです。

634 徐々に朝は明るくなり黒部峡谷の写真を盛んに撮ります。

645 内蔵助谷に近く丸山東壁です。クライマーの憧れの場所です。

713 内蔵助谷を渡ります。結構な水量があります。これからいよいよ本格的な下の廊下が始まります。

805 対岸にある鳴沢小滝のナメ滝です。

837 下の廊下を歩く飯嶋さん、松平さん

844 切れ目なく断崖絶壁が続きます。

856 よくぞこの道を作り、維持してきたものです。

904 かっての道も一部は崩壊しています。大きく木製の階段を幾重にもして迂回させています。

907 黒部別山谷との合流近く、黒部峡谷に逆さ落としになりそうな急な木製階段です。作るのも大変、これから風雨、雪崩痛めつけられるのでしょう維持していくのも大変でしょう。自然の力も人間の力も凄い!

915 黒部別山谷を渡り、河原からロープでルートに戻ります。これもまた難所です。

917 黒部別山谷の難所を越えると直ぐに断崖の道が始まりました

918 黒部川上流を振り返ると奇妙な形をした山が見えます。なんの山でしょうか?

920 これからこのような道が果たしなく続きます。

953 白竜峡の断崖ルートを通っていますが、黒部川をゆっくり写真を撮る余裕がありませんでした。

10:38断崖上部から数本のロープで支えられた桟道です。修復・維持も命懸けです。

1047 十字峡に近づいてきました。

1100 荷物をおろして急なロープの道を十字峡が良く見える場所まで下りました。

1100 十字峡です。南から北へ流れる黒部川に西から剣沢、東から東沢が流れ込んでいます。 

1109 十字峡を渡る吊橋です。

1133 これから半月峡〜S字峡へ向かって断崖の道を歩きます。ようやく谷底にも光が届くようになってきました。

1210 半月峡の断崖を通るメンバー 

1215 S字峡の渓谷美です。

1220 S字峡の断崖を歩く皆さん

1231 地中にある黒部第4発電所の送電線出口です。仙人谷ダムも近くなってきました。

1250 長い吊橋を渡って対岸の仙人ダムへ向かいます。

1312 光を浴びた紅葉は美しい。車道がありトラックもとまっています。どこから車道がつながっているのでしょうか?

1318 仙人ダムの美しい水色です。

1321 ダム湖の美しい水色です。

1322 ダムの上を渡り、建物の中を通ってルートはあります。

1324 仙人ダムまでトロッコ電車は来ていますが、一般客は欅平までです。

1325 作家 吉村 昭の「高熱隧道」の舞台となった場所のトンネルの出口付近を通って戸外にでました。
ここだけは異常に蒸し暑く、サウナのように汗ばみました。

1346 仙人谷から急登(標高差100m)をあがり、再び水平歩道を30程歩き、阿曽原までの急坂を下って阿曽原温泉に着きました。

1425 阿曽原温泉に到着し宿泊とテントの手続きをしまっした。

1512 14:30〜15:30は男性の入浴時間 女性は15:30〜16:30です。温度はややぬるめで私は適温です。
いつまででも入っていたかったのですが、入浴客が多くそこそこにでました。

1730 阿曽原温泉のテン場の前を見ても

1730 後ろを見てもテント テントです。テントの住人のほとんどが若者です。

 

 

 10月19日(日曜日)

いよいよ最終日です。欅平まで実働5時間の道です。トロッコ電車の午後からの混雑予想のため、午前中に欅平駅に到着を目標に阿曽原温泉を5:00に出発しました。 5:00出発なのにテントをしまいヘッドランプを付け出発するパーティは多く、水平道への登りは渋滞気味です

659 出発から2時間 昨日と同じく断崖の水平道を歩き、ハイライトの折尾大滝に到着しました。 

700 折尾大滝には数十人の登山客がおり大賑わいです。ここで初めて5人の記念撮影を撮りました。

703 折尾大滝から再び水平道を歩きますが登山客が列をなしています。

709 折尾谷の小さなトンネル

709 折尾谷の沢の下の小さなトンネルを出るメンバー

715 水平道を振り返ると通ってきた道が延々と岩肌に刻まれていました。このあたりの水平道はほぼ標高930m前後でまさに水平の道です。

749 7:30に大太鼓といわれる難所も立ち止まるわけにはいかず通過しますが、その先もこんな感じの難所です。

749 先を行く登山者もすれ違いには注意、注意です。

751 難所の志合谷トンネルに近づいてきました。

805 志合谷トンネルはトンネルが中で大きくカーブして真っ暗でヘッドランプがたよりに歩くます。地面はどろどろで水溜りの中を歩きました。150m位ですが長く感じました。

815 志合谷トンネルはトンネルを抜けた谷の対岸から入口に入る人並が良く見えます。

833 覆いかぶさった岩をくりぬいた道

913 水平道が終わりに近づくと新雪と紅葉の後立山連峰が見え始めました。多分唐松岳あたりと思います。

918 判りやすく双耳峰の鹿島槍ヶ岳が見えました。
1015 黒部峡谷鉄道の終点の欅平駅で黒部下の廊下を記念して撮影です 

1044 10:15欅平駅に到着、黒部峡谷下の廊下は終了です。これからトロッコ電車の旅を味わいます。
欅平は多くの観光客出にぎわっていました。みやげ物店も沢山あり、一大観光地になっていました。

1047 トロッコ電車は8両連結に客が満員、赤字で苦しむローカル線ではありませんでした。
多くの地方ローカル線は1〜2両でもガラガラなのに凄い!

1049 トロッコ鉄道のメンバーです。

1219 終点宇奈月温泉に着きました。約1時間半のトロッコ電車の旅でした。ここで扇沢ターミナルで預け、回送された車を受け取り、近くの日帰り温泉で汗を流しました。

13:44  汗を流した日帰り温泉の前には宇奈月ダム湖があり、対岸には黒部峡谷鉄道のトロッコ電車が良く見えました。
日帰り温泉は良いところにあるのですが、洗い場が少なくて観光シーズンには残念です。地元の人用の施設に私ら登山者達が押しかけてしまっているのでしょう。

1415 北陸道黒部IC近くの道の駅のレストランでランチバイキングで黒部下の廊下山行の反省、慰労を行いました。





念願だった「黒部下の廊下」の企画に参加できて、ありがとうございました。


帰京してから45年来の友人に電話で話をしていると黒部峡谷は懐かしい、黒部は私の昔のホームグランドだ、是非話を聞きたいとの事で先日会って話をすると、学生時代立山の山小屋でのアルバイトから黒部の思い出まで話しが尽きませんでした。仙人谷まで特別許可を貰ってトロッコ電車に乗り高熱隧道に差しかかると異常に蒸し暑かった事。昭和30年10月学生3人組で祖母谷から白馬岳や朝日岳に登り再び祖母谷に下りるとき、近道をしようと河原に下りて歩き始めたが、滝の連続に阻まれ死ぬ思いで高巻を繰り返して下りたが、ついに諦め尾根に這い上がりフラフラになって野宿を続け、1名が体調を崩し1名が介護に当たり、残った1名が3人分の荷物を担いで歩く苦行を続け、3日目夜に猟師に助けられて下山しました。
家族は3名が帰らないことから捜索隊を組織して明日にでも現地に出発するところでした。結局1名15万円の御礼をしたこと。今のお金に換算すると1名150万円以上を家族に出費をさせ、今でもほろ苦い思いで打との事。落盤事故でトロッコ電車が不通になり欅平から宇奈月温泉まで20km近くを7時間位かけて歩いた思い出など黒部の話は尽きないほどでした。



































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