福寿草の自生地を訪ねて・・・

秩父大ドッケ

日  程  2015329() 晴のち曇

参 加 者  (L)渡辺(綺)、渡邉(美)、高橋、松下、福井、渡辺(綾)、蔦、飯島、川田、関山(記録)

コースタイム

 西武池袋駅6:50発 → 8:12着西武秩父駅8:25―タクシー → 9:25浦山地区川俣9:3310:15廃屋10:20―斜面をトラバース→ 11:0011:10カラ沢11:2011:50 沢の中腹12:0012:23福寿草群生地13:0013:32尾根上→ 13:40独標→14:35小休止→ 15:00鉄塔15:1015:35浦山地区川俣→西武秩父駅16:2517:46池袋

(福寿草群生地)

 

 

こんなことがあるのでしょうか。私たちは今タクシーの中にいます。西武秩父駅から乗って福寿草の群生地に向かっています。都心の喧騒を抜け出して、春がようやくめぐって来た山深い秩父に来ています。車窓から見える五分咲きの枝垂れ桜が私たちを歓迎してくれているようで、これから出合う福寿草も、この桜のように春の陽を受けて輝いているに違いないと思うと、期待が大きく膨らみます。

 秩父の山里の景色に見とれながら車は快調にどこまでもどこまでも走り続けます。しかし、20分(昨年の山行記録では、約20分で登山口に着くと書かれていました)過ぎても高低差をあまり感じさせない平坦な村道を走って行くのです。そのうち発電所が見えてきました。何か変です。車内がざわめいてきました。車は大滝村のの川俣に向かっていたのです。

 

 


秩父さくら湖の奥にある浦山地区の川俣集落でタクシーを下り、橋を渡ってこの奥にある福寿草自生地を目指して出発しました。

 私たちの目指す先は浦山地区の川俣です。川俣違いでした。運転手は、`福寿草`とか`浦山`とかと言ってくれればこんなことにはならなかったと自己弁護をするのです。ある本を思い出しました。『あなたのお国の゙品性度゙がわかる本 県民の品格』です。そこには秩父地方の気質として、「素朴ながらも骨があり、頑固一徹」とありました。これ以上問題の真相を明らかにしようとしても、行き先を「言った言わない」のことになってしまうので、私たちはここは大人の対応をしようとぐっと我慢をして、楽しい山行にすることに努めました。「こういった時は、○○嬢だったら運転手に自分の非を認めさせ、不当料金の返金をさせるに違いない」と、誰かが言っていました。 (○○嬢って誰でしょうね?)
40分遅れで浦山地区川俣に到着し、9:33いよいよ出発です。川俣橋を渡り舗装された林道を3-4分進み、右手の山道に入りました。

 なだらかな登りが続くスギやヒノキの林の中を進んで行くと、山道の清掃をしている村民の集団に出会いました。

多くの登山客に来てもらえるように落葉を掃いてきれいにしているとのことです。ても、福寿草の自生地はこれからも登山地図には載っていない秘境の花園としてそっとしておきたい私たちには、山道は自然のままに落葉が降り積もった状態にしておいてほしいのです。ここの山道だけを整備しても、この奥には道もなく、危険な斜面をトラバースするケ所もいくつもあり、安易に軽装で入山されて事故にでもなったら大変です。 

そうするうちに昨年の大雪で倒壊した廃屋に着きました。鹿の骨と皮だけになった屍もあり、林業が衰退して山が荒れ放題になってきている状況がうかがわれます。ここで暑さ調整の着替えをしました。

細久保の廃村集落の廃屋をまたいで進みます。
山腹のトラバース道は細く急傾斜で気を使いました

 これから先は針葉樹林に代わって広葉樹の枯れ木が目立つようになり、周辺は明るく開け左手の谷筋からは沢の水音が聞こえてきます。登山道は乾燥し削れて、滑り落ちないように注意をしながら慎重に傾斜のきつい山腹をトラバースして行きました。途中、鹿除けゲートを過ぎてもこの不安定で細い急斜面の崩れやすい踏み跡が続きます。

 

しばらくすると沢に出合い、手や顔を洗ったり、清水を飲んだりしました。10分程進むと二股に分かれた左手の沢に入り、前方を見上げると小川に沿って直登していく急斜面がどこまでも続いています。ここで10分の休憩をとり、元気を取り戻しました。(3人の他グループが後を追って来て、花園で合流しました)。

トラバースを終え今度は急傾斜の沢を登り詰めていきました。

 

も細くなり漸く福寿草の自生地に近づいて来ました。

 

登るにつれ、元気な4人のグループと足がつって芍薬甘草湯を服用して元気を回復した人や自分のペースで苦しい石ころだらけの広い沢の急登をゆっくり進む人の6人のグループに分かれて登るようになりました。そして、先を行く仲間から福寿草の群生地が近いことを知らせる元気な声が聞こえてきました。

 広葉樹の枯山のひろびろと開けた斜面に、枯葉の中から福寿草が一面に咲き誇っていました。自生する花の手前に置かれた朽ちた倒木の上に腰をおろして、遅れてたどり着いた僕たちを、皆は笑顔で迎えてくれました。登山口を出てから3時間の行程でした。

 目の前に力強く黄金色に咲いている福寿草を時間を惜しみながら、皆カメラに収めました。ここで30分程度のランチタイムをとって、南斜面を登って独標、大ドッケを目指して歩行を続けました。広葉樹林の広々とした枯木の間を落葉を踏みしめて登り下りが続きましたが、山道は不明瞭で迷わぬように注意が必要です。独標の狭いピークには標識があり、各自標識を背景に写真を撮りました。さらに歩行を進めると途中からヒノキ林の薄暗い山道になったりしましたが、送電線鉄塔(ここで、帰りのタクシーの予約をしました)、二十三夜石碑を経て無事に川俣に着きました。

全行程約6時間の山行でした。花園までの山道は細く、踏み跡も削れて不明瞭で、急斜面を上り下りしなければならない厳しい苦しいものでしたが、出発前のロスタイムを取り戻しての順調な山行となりました。

復路、電車にアルコールを買いこんで談笑して帰って来ました。そして、五反田(駅を出て雨が降っていることを知りました)で更に呑み会を行い、会のこと、仲間のことなど熱く語り合いました。老いることを忘れて、若々しい人生を楽しむことができた山行でした。 (参考:タクシー代 往路/6490円、復路/4420)

 



2015年3月28日 大ドッケ 福寿草 GPS軌跡
























































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